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執筆者の写真yagiwataru

勉強の意義は、例えば自分の偏見に気づくこと


勉強の意義は、例えば自分の偏見に気づくこと

子どもは素朴に「どうして勉強しなきゃいけないの?」と疑問を口にする。しかし、雑な質問には、雑な答えしか返ってこない。仮に「君たちはどう生きるか?」と問うても「良く」「楽しく」という答えしか返ってこないのと同じである(?)。


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1a.勉強は、つまらなくもなり得るし、楽しくもなり得る

歴史を学ぶ意義についてたまに考える。歴史は学べば学ぶほど楽しくなってしまい、いつの間にか学ぶ意義を忘れる。なぜ楽しくなるかといえば、あらゆる出来事のつながりが見えてくるからだ。原因と結果の連鎖が歴史をつくり、歴史の流れは、傍観者の庶民を翻弄する…。

でも、学生時代に歴史の授業が楽しかったかというと全然楽しくなかった。ただの単語の羅列にしか思えなかった。

ぼくは勉強を「楽しいからやる」という意見に賛成しない。「楽しいから勉強をやる」だと、全然勉強しなくなるのは目に見えている。勉強より楽しい娯楽は大量にあり、もし仮に歴史の楽しさを感じるより先に娯楽の楽しさに出会ってしまったら、いつまでも歴史を学ぶことはないだろう。


1b.もっと勉強しておけばよかった

ぼくは、もっと若いときに勉強しておけば良かったと激しく後悔している。もちろん、勉強せずに使った時間によって得たこともたくさんあるので、全てを否定はしないけど、勉強していたらその「得方」に差が出ると思う。先日、京都に行って南禅寺を見た。建物としては確かに古めかしいし、大きくてすごいな〜と思うんだけど、「で?」と思ってしまう自分の無知っぷり。仏教のほにゃらら〜と解説文を読んでもほとんど頭に入ってこなくて悲しかった。


「より多くを得たい」なら勉強したほうが良い。知識こそが「より多くを得る」ための吸引力だからだ。と無知なりに言う。その知識には「体験して得る知識」も含まれる。


娯楽の問題点は、毎日同じパターンの繰り返しになりやすく、知識が増えていかないところだ。「前にも同じようなことをやったはずなのに」「楽しい!」と感じられるような設計に娯楽はなっている。たとえ繰り返しでも「毎日シュート練習をしていたら同じ場所に同じように蹴れるようになった」みたいなことがあれば良いと思う。プロ雀士になるなら良いけど、ルーレットで毎日何時間も遊ぶのはオススメできない。


▶︎勉強にまつわるありそうな疑問

勉強してもどうにもならないという疑問がありそうだ。でもそういう人は、実際はほとんど勉強してないか、勉強の内容か方法が間違っている(ぼくもその一人かもしれない)。


2a.欠乏バイアス

さて、人間が持つバイアス(偏見)のひとつに「欠乏」がある。何かが不足している状況や、もう間もなく限界が来る、みたいな状況で人の判断に影響を与える。

「残りわずか!はい!」と商人に言われると、欲しくなくても買っちゃう。「本日限り!はい!」と商人に言われると、欲しくなくても買っちゃう。これが欠乏バイアスによって判断する人の特徴だ。

「欲しくなくても」と書いたけど、「必要か必要でないかを判断できなくなる」というほうが正しい。自分の脳みそをフル回転させて「残りの個数」や「期限」を考えてしまうので、必要性を考える余裕がなく、「とりあえず買っとく」が最善策のように感じてしまう。この欠乏バイアスは、かなり有効らしく、至るところで利用されている。ぼくはそれを止めることもできないし、むしろそういう商売があったらつい買う。「増税前!ハイらっしゃい!」も欠乏バイアスを利用したビジネス。売る側としては利用しやすいけど、「限定100個!」と言ったけど本当は1万個あるという嘘がバレた場合、信用は一気に落ちる。


2b.お金がないとき

欠乏バイアスは、いつもいつも作用しているわけではなく、「欠乏している」感覚があるそのときにだけ作用する。残り3個で欠乏を感じるケースと、残り10個で欠乏を感じるケースがおそらくあり、具体的な数字で「欠乏感」を表すことはできない。だけど、欠乏を感じるのは、「たくさんあったもの」が「少なくなっていく」ときだ。だからもし日本経済が今後衰退していくとすればそれは、「欠乏感」を抱く人がより一層増える、欠乏感が蔓延していく、ということを意味する。


『いつも「時間がない」あなたに』(早川書房)という本は、原題がまさに『Scarcity(欠乏)』だが、その中にお金の話が出てくる。お金持ちが「節約しなきゃ」と思う気持ちと、お金のない人の「節約しなきゃ」と思う気持ちは全く違うという。

お金持ちはブランドもののバッグを買うのを諦めることが節約だったりする。普段から余裕があるので、「今月はこれ買うのやめとこう」と判断するだけで節約になる。そのバッグを買わなくても、何も起こらない。ところがお金のない人は、ユニクロで3枚990円の下着を買うことが、その日の晩ご飯とトレードオフの関係になったりする。ユニクロの下着を買ったら今日の晩飯を食べられない。晩ご飯を食べたらユニクロの下着買えない。この欠乏。こうなると、たえずお金のことを考えてしまい判断が鈍る。判断が鈍るのは、お金に意識を向けるあまり、他のことが目に入らなくなるからだ。金、うーん…金。


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この欠乏感は時間にも当てはまる。〆切直前の集中力は、集中できているのではなく、ほかのことが目に入らなくなっているだけなのだという。そしてその代償として、家族との予定をすっぽかしたりする。

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2c.欠乏の就職氷河期時代

ぼくが大学生だったとき、社会は就職氷河期だった。何十社受けても就職できないとか、就職浪人とかいう話を聞き、ぼくはそそくさと就職することを諦め、結果、すぐに金欠に陥った。あの頃、まさにお金に欠乏していた。

お金に対する欠乏感が、ぼくの人生の道を決めるときの判断に影響を与えてきたと思う。仕事の面でも、プライベートの行動も。おそらく企業の側も判断を誤っている。あとになって「特定の年齢層の人材が不足している」とか言っても遅い。


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3a.再び勉強の話

もし勉強しなければ、ヒトは無邪気なまま世に出ていくことになる。無邪気な人は心理学的なバイアスを意識できない。「ここにバイアスがありますね」と気づくことができれば、たとえバイアスを取り除くことができなくても、バイアスを計算に入れて行動できる。「あと1個!ハイどうする?!」と言われたときに、飛びつかなくて済む。

ヒトは誰しも平等に、生まれながらにしてバカなので、欲望にすぐ負ける(負けない人すみません)。欲望に負けるのは仕方ない。だけど勉強してないと、自分がバカだということにも気づかない。バカだと気づかないのは、バイアスに気づかないのと同じだ。ヒトのバイアスに気づいている人は利用されず、むしろそれを利用して、また多くを得る。

勉強すればするほど、自分の無知に気づく回数が増える。その都度、それまで自分がバカだったことに気づいてしまうので、それがツラければ、勉強は苦行だ。でも同時に、勉強は自分のバイアスの存在に気づかせてくれる。バイアスは自分の認知の傾向をつくる。その認知の傾向に気づくためには、自分視点からだけでは難しく、事実に視点を移さないといけない。勉強は事実を学ぶことでもあり、とても良い。はい。


3b.欠乏の未来

たぶん「就職氷河期」時代は社会的に欠乏が蔓延していた。だから節約術の本も売れた。ビジネス書が売れるようになったのは、「マジでどうにか稼ぎたいよ!」という欠乏が理由だと思う。飽食の時代に、ビジネス書は売れないだろう。

これからもっと欠乏するかもしれない。いろいろ材料はあるけど、未来はまあどうなるかわからない。仮にもし欠乏する社会が来るなら、平成のあの頃を振り返るのは、次の時代を生き方を探る手がかりになると思う。だから今年、平成史の本がたくさん出てくれて、ぼくにとってはありがたい。どういうヒントを得られるかといえば、「欠乏の時代にどんな判断ミスが起こり得るか」とか。「欠乏の時代に何が売れたか、誰が儲けたか」とか。欠乏の時代は日露戦争後もたぶんそうだし、最もでかいのは1929年の世界恐慌後だ。欠乏しすぎて政治家の判断ミスが極まっている時代。


欠乏の時代に裸一貫で立ち向かうのは、かなり厳しく、無謀だと思う。だから子どもには武器が必要で、それは勉強をすることで得られるものだ。ほかにも方法はあるかもしれないけど。


さて、上で紹介した『いつも「時間がない」あなたに』をいまパラパラと見ていたらこんなことが書いてあった。

豊かなときにどう行動するかが、来るべくして来た欠乏の一因になるのだ。人はお金がありあまっているときに貯金をしない。締め切りがずっと先のときにだらだら過ごす。(『いつも「時間がない」あなたに』)

平成は失敗の連続で、景気低迷のまま30年近く経っているから、ずっと欠乏してる状態ともいえる。でもあとになって「あのときはまだ豊かだったんじゃん?」と思うことがあるかもしれない。そしていまを欠乏の時代と捉えずに、豊かな時代と捉えてみると、「何をするか」も変わってくるような気がしている。



補足情報

欠乏に興味ある人向けの本)

◎いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学 (早川書房)

欠乏事例がいくつも載ってる。数年前に読んだ本。締め切り前に焦ってる時、いつも思い出す(成長してない)。欠乏時の認知状況を「トンネリング」という言葉で説明してる。トンネルに入ってるみたいだからトンネリング。


平成史に興味ある人向けの本)

◎吉見俊哉・著『平成時代』 (岩波新書)

◎吉見俊哉・編『平成史講義』 (ちくま新書)


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